サウナ徒然草

サウナのことはあまり書きません。

サウナの話をしようじゃないか。

私はどこまでも続く深海へ堕ちていく。

 

そこは深い深い海の下。

 

ここから水上へと上がる頃には私の命は亡く、更なる深い闇に包まれていることだろう。

 

見たこともない魚達が目の前を浮遊する。

深海魚達が彩るネオンが空間を演出し幻想的な世界を創造していく。

 

そこにあるのは孤独だったり絶望だ。

 

どうやら深海魚達が私の最期をマイペースに彩ってくれている様だ。

 

しかし、ごめんなさい。

私はまだ死にたくない。

 

この世にまだ未練がある様です。

 

私だって「たった一度きりの人生」レッドカーペットの上を歩いてみたり、大観衆を目の前にして、

 

私「2階席聞こえるー!?」

 

大観衆「キャーっ!!つよぽーん!!」

 

私「アリーナ調子どうっ!?」

 

大観衆「キャーっ!!つよぽーん!!絶好調!!仕上がってるよー。」

 

観衆A「やだ。やだ。今絶対つよぽんと目が合った。あーもうっ今この瞬間に死にたい。絶頂のまま天寿を全うしたい。」

 

こんな世界観の人生が良かった。

だから私は現生を諦める訳には決していかないのだ。

 

あれは2009年9月成田空港での出来事。

 

私は意気揚々とカナダからの2年半の留学を終え帰国し、動く歩道の上でムーンウォークを真似しては上機嫌にこれから待ち受ける未来に胸を躍らしていた。

 

そして私の目の前には大勢の取材陣が待ち受けていた。

 

私はただ海外留学から帰ってきただけ。

さすがは日本だ。海外への劣等感の塊の人種。テレビを映せばハーフ美女ばかりが躍動する。

 

確かにハーフの美女は美しい。

私も出来るならお金持ちのハーフ美女に生まれたかった。

 

そんな人生だって良い。

最高じゃないか。

 

ナチュラルボーンイングリッシュスピーカーというアドバンテージと端麗な容姿。

 

そしてAO入試難関大学へ入学。

 

行く末はテレビタレントだ。

何故かかなりの確率で歌も上手い。

 

神はどこまでも不平等だ。

 

しかしどうだ。私は「今」確実にハーフ美女へとワンステップクローザーしている。

 

カナダの匂いを醸し出しカナダのオーラを纏う和製ジャスティンビーバーだ。

 

目の前の取材陣が駆け寄ってくる。

 

「おおっ神よ。私の人生に幸があらんことを。私は全てを受け止めよう。」

 

そして押し寄せる取材陣の波。

私は目の前に迫るビッグウェーブに乗ることにした。BGMはザ・ベンチャーズのパイプライン。

 

そしてそのビッグウェーブは当然の如く私を通り抜けて行った。

 

呆気に取られた私だが最後の力を振り絞り後ろを振り向いた。

 

そこには全身真っ赤なコーディネートで異彩を放つ長髪の男性がいた。

 

TADANOBU ASANO

 

どうやら彼は同じ飛行機だった様だ。

あとでニュースを見て知ったのだが、モントリオール世界映画祭で彼の出演作が最優秀監督賞を受賞したらしい。

 

そこには悠然と光輝くスターがいた。

TADANOBU ASANOは私にスターの洗礼を施したのだ。

 

あれから何年経ったろう。

 

私はスターになることはまだ出来ていない。

スターどころか人生に苦闘し、これでもかともがいている。

 

そんな私がふと目を開けると目の前には温度計。それはちょうど100℃を指していた。

 

湿度も高く、私は今確実に世界で一番熱い空間の中にいる様だ。

 

悶々とした人生だ。

 

私が「あの頃」思い描いていた未来が静かに遠く遠く離れていく。

 

どうやらもう「将来」が来てしまった様だ。

 

私は現在「将来」を生きている。

 

あの頃の私には想像も出来ない未来だが、私は今サウナにいる。

 

1人の男性がサウナ室に入って来た。

 

そして彼は大きなブロワーを片手に持ちながら言った。

 

「はいっ、爆風ロウリュウを始めます。残暑もようやく過ぎましたが、ここでは夏は終わりません。デスバレーへようこそ。」

 

サウナ室内にブロワーの音が木霊する。

彼は慣れた手付きでその大きなブロワーを上に向け風を送ると、サウナ室上部に溜まっていた高熱が堕ちてきた。

 

熱い。

 

熱すぎる。

 

一体これから何が始まるんだ。

 

サウナ室内は瞬く間に、

彼が口上で述べたデスバレーへと化していた。

 

そして彼はその大きなブロワーを私に向け笑みを浮かべ言った。

 

「ウェルカム。」

 

人間の煩悩をかき消す程の爆風が私を襲う。

乳首が焼けていく。

 

最上段に鎮座していた私は思わず後ろへとのけぞった。

 

私はまるで荒川静香の様に美しいイナバウワーを披露した後、即座に小走りでサウナ室から出ては15℃の水風呂へ浸かった。

 

そして酩酊としながらもどうにか露天スペースに設置されている「ととのい椅子」へと腰を下ろした。

 

目眩が私を襲う、耳鳴りが私を襲う。

 

そして私はどこまでも続く深海へ堕ちていく。

 

そこは深い深い海の下。

 

ここから水上へと上がる頃には私の命は亡く、更なる深い闇に包まれていることだろう。

 

見たこともない魚達が目の前を浮遊する。

深海魚達が彩るネオンが空間を演出し幻想的な世界を創造していく。

 

そこにあるのは孤独だったり絶望だった。

 

どうやら深海魚達が私の最期をマイペースに彩ってくれている様だ。

 

大した人生ではないが我が人生に悔いはなし。本気でそう思わせる程の快感がそこにはあった。

 

2020年10月7日水曜日。

私は東名厚木健康センターにいた。

 

私はそれ以来、サウナという深海に堕ち続けている。

 

そしてその深海にはまだまだ知らない未知の世界が幾多とあるらしい。

 

次はこの先にぼんやりと輝くネオンに泳いで行こうと思う。